第1746回 先だった人の代弁者

 令和8年 7月16日~

 お浄土があるのか ないのか、人は死んだらそれで終わりか、
コロナ流行の後、極端に世の中は変わってしまった感じがします。
年回法要を勤める人が減ってきたこと、お葬式など家族だけで簡単に
勤めることが、許されるような風潮になってしまったことを感じます。

 生きている間だけがすべてで、人間の死をもってすべては終わってしまう
という感覚が、広くいきわたってきたようにも感じます。
調べてみると イスラム教やキリスト教の方々は、まだ死後の世界があると
信じて、毎日のお祈りや毎週の教会への参拝が続いているようです。

 これに比べて、現在の日本仏教は 年間数回の仏教行事と、時々
お墓参りをすることで、自分の幸せが訪れると、ご先祖は、
可愛い子や孫を守ってくれるとの考えで終わっているようにも感じます。


 若い世代の方が この世だけではなく、次の世があることを
信じているようですが、マンガの影響があるのかもしれません。
画面上の主人公が次の世界へいくのであって、自分や、家族が
次の世で活躍するイメージを持っているとは言い切れません。

 限りあるこの人生だけがすべてであって、死を持ってすべてが終わるという
生物の授業、昆虫や植物と同じように、人間も生物であり死をもって
その個体は消滅するといイメージが一般的ではないかと感じます。

 浄土真宗の教章 私の歩み道の 教義にある、
 阿弥陀如来の本願力によって 信心をめぐまれ、念仏を申す 人生を歩み、
 この世の縁が 尽きるとき浄土に生まれて 仏となり、 
 迷いの世に還って 人々を教化する。      2008(平成20) 

 のお話を3回忌のご法事でしましたら、
おじいちゃんが 今、そこに居たという
若いお嬢さんがありました。
写真は お仏壇の横に飾られていましたが、住職のことばは おじいちゃんが
お話をしたいこと、伝えたいことを代弁しているだけですと、前置きして
お話をしたことの効果、影響したのかもしれません。


 お浄土に生まれた人の願いは 聞き取れませんが、お念仏の教えの
お話こそが、仏になった先輩達が是非、子や孫へ伝えたいことだと、味わいます。