第1741回 追体験が出来ない時代

 令和8年 6月11日~

 米作り、今では、機械化が進み、農家のほとんどの方が
他の人に頼んで耕作しておられます。
農業用の機械が大型化して、多くの農家は、自分で
持つことが出来なくなったためでしょう。

 自分自身で耕作しておられた数少ないご門徒の方が、90歳を目前に
ご往生されました。お寺の門徒総代を長年勤めていただいた方でした。
口数の少ない方でしたが、周りに余り受けない冗談を時々おっしゃる
方でした。

 20歳代に、お父さんを亡くされ、長男だったため、
苦労して苦労して、稲作を続けてこられた方でした。
梅雨どきの月参りの時に、奥さんは、昔は田植え手伝いの方々が
遠くから、泊まりがけで来てくれていた、その人たちの接待が
大変だったと、よくお話をされていました。

朝食の前に田植えがはじまり、食事をつくって田んぼまで運び、お昼も
おやつも、夜は夜で、来年も必ず来てもらえるようにと、接待するのが
大変だったと。
多くの人手が必要だった時代、いろいろとご苦労が多かったのだろうと
うかがえます。

 朝、雨が降ると学生さんやサラリーマンは大変ですが、農家の人に
とっては、惠の雨。
カッパを着て、朝早くから田んぼの見回りや、草取りなど
大変だったのだろうと、思えます。

 自然を相手にしての仕事は、人間の理屈は通用しません。
自然の大きな力 はたらきに 逆らうことなく、素直に受け入れて
農作業を続けてこられたことでしょう。

 月忌参りには、ご主人も、毎回、奥様と一緒に
お勤めについていただきました。
農作業で苦労すればするだけ、親たちの苦労が、有り難さが、ご恩が
はっきりと、感じ取ることが出来たためだろうと、今味わっています。

 自然を相手に、親と同じ仕事をし、体験することを通して、先人の苦労
有り難さに気づかされておられたのでしょう。
冷暖房の効いた部屋での事務作業や、取引先の会社の人を相手とする
営業の仕事、工場の流れ作業などでは、先人や親たちの苦労や努力、
願いがなかなか味わえないのではないかと思えます。

 浄土真宗で、お聴聞 お聴聞といいます。
自然相手に、親と同じ体験をして、気づくことが難しくなった時代、
仏さまの願い、はたらきを聞かせていただくことで、
少しずつ 先人の有り難さが、味わえてくるのでは
無いかと思います。

 親の苦労、仏さまの願いに気づくか 気づかないか、それで、
人生は大きく変わってくるものです。
親たちの苦労の追体験が出来ない時代、ご恩は、お聴聞でしか
気づくチャンスはないようです。