第1739回 周りはみんな

 令和8年5月28日~

 お勤めの経本の最初には、浄土真宗の教章 ~ 私の歩む道が~が
掲載されています。
その「教義」の所には、 「阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、
念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、
迷いの世に還って人々を教化する。」

 とあります。南無阿弥陀仏の人は 間違いなくお浄土へ生まれ、
それで終わりではなく 仏さまとなって、お釈迦様のように 
人々に教えを説いておられるのだと書かれています。


 親鸞聖人のご和讚には
安楽浄土にいたるひと 五濁悪世にかへりては 
 釈迦牟尼仏のごとくにて利益衆生はきはもなし 『浄土和讃・讃弥陀偈讃』


自己本位の私は、 自分が やがてお浄土へ生まれて 
仏となれることばかりを有り難く受け取っていますが、
すでにお浄土へ 生まれた 親や祖父母、

先輩達のことは、あまり意識していません。

 生きている時の親たちも当たり前で、その有り難さには ほとんど
気づいていませんでしたが、この世を去った後もその親たちは、
お釈迦様と同じように 一生懸命に 私のために教えを説いて
いただいているというのです。

 私の周りは 仏となって、はたらいていただいている方々ばかり、
それなのに、まったく気づかずに、見過ごしているのではないでしょうか。
私に親切に接していただく方も、逆に厳しく接していただく方も
だまって見守っていただいている方も、間違いなく 私のために 
はたらいていただいている 還相の菩薩さまではないか。

あの方も この方も、周りはみんな、ご苦労いただく
菩薩さまばかりと味わい、頂いていくのが、お念仏の教えではないかと
味わえてきました。

 都合の良い人 良い出来事ばかりを期待していますが、ぼんやりとして
自己本位に生きている私に どう歩めば良いかを、進むべき方向を
教え、導くために、様々なご苦労をしていただいているのでしょう。
そう味わえれば、どんな不都合も どんな困ったことも、痛いこと、
苦しいこと、悔しいこと、悲しいことすべては、私のために菩薩さま達が 
ご苦労ご努力いただいているのだと、有り難く 味わえてきます。


 まだ 分からぬか 気づかないのか 早く気づいてくれ、
お念仏一つだよと、呼びかけ、はたらきかけておられる、
あれも、これも、それも、みんな私のための、
はたらきかけだと味わい 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 
報恩のお念仏をする、ばかりでございます。