第1738回 宗祖降誕会と門信徒総会

 令和8年5月21日~

 先の日曜日 一足早く 宗祖降誕会と門信徒総会を開きました。
そこで、こんなご挨拶をしました。

 本日は ようこそ 多くの方にお集まりいただき 誠に有り難うございます。
お内陣の ローソクをご覧下さい。色が 白ではなく 赤です。
今日は お祝い。誕生のお祝いです。

 仏教は お釈迦さまが説かれたもの、そこで、お釈迦さまの誕生日と
思いがちですが、お釈迦さまは 沢山の教えを説いていただいておりますが、
その多くは、出家して厳しい修行をする教えで、私たちにはとても
無理な教えです。

ところが、その中で、南無阿弥陀仏、阿弥陀さまのお念仏の教えだけは
すべての人が間違いなく救われると教えていただいた
親鸞聖人の誕生祝いです。 
今から 850年以上前の方です。
西暦1173年の5月21日が 誕生日だと言われます。

自分の親の誕生日も知らないのに、なぜ、そんな昔の方の誕生日をお祝いするのか、
それは、平凡な私の人生を、ちゃんと見つめ直すことで、実は 何とすばらしく、
意味のある 有り難い人生であり、代えがたい いのちをいただき、生きている、
いや 生かされているのだと 感じ取れるよう、教え、導いていただいた
方なのです。

 日頃見ているテレビや 新聞 お友達との会話では、知り得ないこと
学校の教育でも、病院でも、気づくことのない、
本当の自分の知ることが出来る、そうしたはたらきを知らせ、
ご縁をつくってくださった方の誕生日のお祝いです。

 私たちは、自分がしたこと 子どもや孫や 友だちや してやったことは
全部 憶えています。ああしてやった こうしてやったと。
ところが、他の人から、していただいたことは、ほとんど憶えていません。
こんな詩があります。
    今にして 知りて悲しむ 父母の 
       われにしましし その片思い  


 子育てに 皆さんも大変ご苦労なさったと思います。
ところが、子どもの方は当たり前で、全然感じていません。
それを、腹立たしく怒っていますが、そういうこの私も、
親の思いに気づくことなく、今日まできました。
それが、仏さまのお話 お念仏お話を 聞いていくと、
少しづつ、気づき感じるように育てられていくのです。

 気づくか 気づかないか、それで 私の人生は大きく違ってきます。
こうして、お寺にお参りの方は、自分の努力で ここにいると
思っていますが、これも 親たちの願い、はたらきかけのお陰ではないか。
こうした、ご縁に触れることによって、私の人生は まるで違って
見えてくるもの、自分の人生が有り難く、素晴らしく
感じられてくるものです。

 そうすると、平凡でつまらない 人生が そうではなく、何と有り難く
すばらしものであるかに 気づき、気づかされるのです。
そうしたことを、この降誕会を通して 気づき 感じる力を
身に付けてくれとの願い、それが降誕会の意味、目的だろうと思います。

 お念仏の人は、何が起ころうと堂々としておられます。
是非 子どもや孫に あんなおじいちゃん お祖母ちゃんになりたいと
思ってもらえるよう、これからも、お念仏のご縁に遇わせていただきたいものです。

 仏事は 日頃 お精進ですが、今日は 誕生祝いですから、
お精進ではありません。
仏教は、昔から、一緒に食事をしながら 教えに出遇ってきました。
是非、ご一緒に 食事をしながら、しばらくの時間 みなさんと
お話をしてみてください。

 今年は、いつもと違って、クイズなども準備していただいています。
沢山の賞品も準備していただきました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。