第1734回 花咲かす 見えぬ力

 令和8年 4月23日~

花咲かす 見えぬ力を 春という 
  人となす 見えぬ力を 佛という (藤元正樹)

という言葉を聞きました。

 梅 桜につづき 今 境内地は ありとあらゆる花が
一斉に咲き誇っています。
植物自身に、花を咲かせ 実を結び 次の世代につないでいく
力が宿っているのでしょうが、不可思議な、見えぬ力、
自然の大いなる力が働いて、「春が来たぞ」と、号令を聞いたように
そろって、花を咲かしているのでしょう。

 花を咲かせる その見えぬ力を 春といいますが、この私を 本当の
人間として、育てて、感謝することのできる力と、生きる喜びとを
感じ取ることができるような力を、与えてくださったそのはたらきを、
仏さまのはたらきというのでしょう。

 もし、仏さまのお話を聞くことができず、欲望に満ちた、我が儘な
生活をしていたなら、どうだったでしょうか。
年をとった、病気をしたと悲しみ、悔しがり、大騒ぎをし、
いのちを終えることの恐怖で、オロオロと不安いっぱいの
つらい毎日であったと思われます。

 それが、南無阿弥陀仏のお念仏に遇うことができたことで、
足が痛かろうが、腰がいたからろうが、物忘れしようが
順調に年を重ねたことを、今生かされていることを 有り難く
味わうことができるようになれたのです。

 悔しい、つらい、痛い 苦しいの気持ちよりも、有り難い 
お陰さまで、もったいないと、にこやかに笑いながら 1日1日を
過ごすことができるように 育てていただいたのです。

 孤独で固く凍った心と体を 溶かし、ほぐして、春を迎えたように
この人生に、喜びの花を咲かせていただいているのです。

 人の目に付くこともない、足下の雑草の小さな花でも
精一杯咲き誇っていますが、この私も 病院や、介護施設
自宅、どこにいようとも、力の限り
喜びの花を咲かせていただきたいものです。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏を 聞きながら、
春を喜ぶ花のように、仏さまのはたらきを、お育てを、体いっぱいに
有り難く、味わわせていただきたいものです。