第1732回 氷と水のごとくにて

 令和8年 4月9日~

 今年も 桜の花が盛り上がるように咲き誇り 見事に散って、
地面いっぱい 桜色に染まっています。

見上げれば、若葉が見えてきました。

 お寺の本堂を修復し、お念仏の声を長い間、聞きづづけた
古い柱で、記念のお念珠を作りましたと、いただいたことがあります。
のびのびと山で育った木は、今から数百年前に切り倒され、いのちを終え、
運ばれて本堂の柱となり、その勤めも終わって、今度は念珠と形を変えて
お念仏の人の手に持たれ、南無阿弥陀仏を聞き続けているのです。

 私たちが毎日顔を洗う水も、洗面台から下水にながれ やがて
海に、そして水蒸気になり雲になり、雨となって 川を下り
また水道の水となり、はたらき続けているのです。

水は、とても柔軟で コップに入れれば、コップの形になり
水筒にいれれば 水筒の形になっています。
器の形に合わせて、形を自由に変えることができ、丸でも四角でも、
自由自在に形を変えることができます。

 しかし、その水も、いったん冷やされ、氷となると、形は固定され、
水の柔軟性は、まったく失われてしまいます。
私たちも老病死、縁が整えば、心と体は 氷のように、柔軟性を無くし
悩み苦しんでいます。

 親鸞聖人のご和讚に

 無礙光の利益より  威徳広大の信をえて
 かならず煩悩のこほりとけ  すなはち菩提のみづとなる
   と詠っておられます。

 本来は 柔軟な水が、冷やされ氷となり、固くなるように
煩悩にこころ奪われて、身動きができなくなっていても、
お念仏の教えに出会えれば、氷がとけて水になるように、柔軟な
こころを取り戻すことができるのだと、教えていただいています。

 痴呆症が出て、介護施設に入所しておられるお祖母ちゃんが、
おじいちゃんの年忌法要に一時帰宅されました。
なかなか、会話がなりたたないものの、突然に南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏とお念仏の声が出て、若者達を驚かせました。
仏さまは、ここでもちゃんと、はたらいておられるのです。

 どうか、豊かで柔軟なこころで、桜の花のように、精一杯咲き誇り、
見事に散って、次はお浄土へ生まれ、阿弥陀さまと同じ悟りをいただき、
仏さまになって、はたらかせて頂くことができるのです。

 氷がとけて水になって柔軟さを取り戻すように、
のびのびと、喜びいっぱいに、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏とともに、
自由奔放に 残されたこの世を生き抜かせていただきたいものです。