第1724回 みんな平等に

 令和8年 2月12日~

 お寺にご縁の薄い方とお話をしていると、なかなか話が
咬み合いません。どうしてなのか、今はやりのAIに聞きました。

 浄土真宗の教えは、能力がある特別の人だけではなく
「すべての人が平等に救われる」という独自の信仰で、
しかも、人間の努力ではなく、仏さまのはたらきで
救われると説かれています。

 自己責任や自助努力が強調される中、現代人にとって
理解が難しく誤解されることもあります。
「他力」とは「他人任せ」や「努力しない」という
ネガティブな意味が強いものの、自分の力で悟りを開く
「自力」に対し、阿弥陀如来の慈悲にあふれた力(本願力)
仏のはたらきで救われるということで、自分の力ではなく
「他の力」で、仏さまの力で、これを他力の念仏で
救われるといいます。

 阿弥陀如来(阿弥陀さま)の、どんな人でも必ず救う
という願い(本願)は、「南無阿弥陀仏」というお念仏を通して、
私たちに届くといいます。

ですから、阿弥陀如来の本願の話を、繰り返し繰り返し
聞き、南無阿弥陀仏を口にする生活を始めると、生きることの
意味や命の大切さに気づかされていくのです。
そして、日常の苦しみや悲しみを通して、心がだんだんと育てられて、
人生の迷いや不安を、これまでの損得や、勝ち負けの
価値観ではなく、新たな視点で受け止める力が育てられ、
これから私が、進むべき道が明らかになってきて、
こころ安らかな気持ちで日々を過ごせるようになるのです。

 普通の宗教のように 私が努力して変わっていくのではなく、
仏さまの話を聞いて、新たなものの見方ができるようになると
世界が変わって見えて来て、悩み苦しみも、乗り越えていくことが
出来るようになるのです。

 ですから、病気の人でも、高齢者でも 動けなくても、努力出来なくても
みんな平等に、一人残らず問題を解決することが出来るのです。
聞くだけで 誰でもみんな 安心が得られるのです。