第1721回 いつも私と一緒に

 令和8年 1月22日~

 元気だった母親が ちょっと病院に行ってくると出かけ、
帰りが遅くなって心配していましたら、乳がんだと言われたと
はにかみながら帰ってきました。

 早速手術ということで、慌てて準備をして入院しましたが、
いつも台所に貼ってあった紙を持っていき、病室の壁に、
母親が貼りました。

 岩本月州という、大変お念仏を喜ばれた方の言葉ということです。
「常に居ますを佛という。此処に居ますを佛という。
 共に居ますを佛という。この佛を南無阿弥陀仏という。
  このいわれを聞いて歓ぶを信心という。
  称えて喜ぶを念佛という」。と、そこにはありました。

「常に」「ここに」「共に」ということは、
「いつも私と一緒に」ということなのでしょう。
これから手術、手術はうまくいくのか、どこかに転移はしていないのか、
とても不安な時に、南無阿弥陀仏の如来様が いまここに、共に 
涙してくだっていると味わうことで、母は まったく不安な様子を見せず
平然と 堂々とした姿をしているのだろうと感じました。

後は、おまかせするだけ、人間の力では、患者の力では
どうすることも出来ない、専門家のお医者さんに、
そして、阿弥陀さまに お任せするほか 方法はありません。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と ,母親は 不安を乗り越えようと
しているのでしょう。

 病院には 沢山の方が 手術や治療を待っています。
ここにいるすべての人が、皆 同じように、今後の不安を
抱きながら 入院していることだろうと思いました。

 人間の苦しみ 四苦八苦 どんなに立派な人でも、どんなに
お金がある人でも、若く元気でいる人も、やがては
すべての人が 受け取る苦しみがあるのです。

その苦しみ悲しみを いつも一緒にいて、分かってくださる方が
阿弥陀さまという 仏さまなのです。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 と耳に聞こえる
仏さまが、いつもここに、いらっしゃると味わい 
かずかずの苦しみを乗り越えていくことが出来るのだよと、
母親を通して阿弥陀さまは 教えていただいているのでしょう。