第1720回 お育ていただく

 令和8年 1月15日~

 浄土真宗の特徴的な言葉の一つに お育ていただくという言葉があります。
今はやりの AIで、聞いてみましたら 次のような内容が出てきました。

「お育ていただく」とは、仏様の教えや はたらきによって、
私たちが宗教的な、人として成長していくことを指します。
これは、親鸞聖人の宗教観をよく表している言葉と言われます。

 この言葉には、私たちが自力、自分の力で成長するだけでなく、
阿弥陀如来(仏様)の慈悲深い願いと はたらきによって、
あるがままの私たちが受け入れられ、育まれるという意味合いが
含まれています。
つまり、仏様が私たちを「お育てくださる」という心温まる感覚です。
これを、如来のお慈悲に抱かれるという表現もします。

浄土真宗での「お育ていただく」ことは、単に知識や教養を身につけ、
立派な人間になることではありません。
むしろ、日々のできごとや事柄など、日常の出来事を通して、
「あなたはどんな人間として生きていますか?」といった、
自分自身への問いかけを受け取ることを意味します。

 南無阿弥陀仏 と お念仏を口にしたり、仏様の教えを聞こうとする
気持ちが起こるのは、本来の自分にはない姿であり、仏様の純粋な
願いが自分に表れているのだと、親鸞聖人は味わっておられたそうです。
この「南無阿弥陀仏」のお念仏そのものが、如来の願いとはたらきであり、
私たちをお育てくださるものとされています。

 幼い頃からお寺とのつながりがあったり、近くにいるお念仏の人
はじめ、多くの人に支えられて、生かされていると感じたりすることも、
お育てをいただくことと関連しています。
特に、人生の節目で出会う人々や、子どもの言葉やまなざしからも、
私たちが育てられていると感じる機会は多いでしょう。

 幼稚園での「ののさま教育」のように、幼い頃から合掌や念仏、
礼拝といった行為を通じて、自然と仏様の心が育まれ、
いのちの尊さや倫理観が培われることも「お育て」の一環です