第1719回 未来は 後ろ 過去は 前

 令和8年 1月8日~

 これから迎える「未来」は 前にあるのか 後ろにあるのか 
どちらにあるのでしょうか。
いつも 前を向いて 歩いていますし、車で走っていると 
景色は どんどんと後ろに消えていきますので、

これから訪れる未来は 前方にあり 過去は 後方にあるように
考えています。

 ところが、言葉の上では 逆で、未来は後ろ 過去は前として
使っています。
「それでは三日後にお会いましょう」とか、「ひと月後には
完成する予定です」などと、これから来る未来は 
後 と言っています。

反対に、過ぎ去った過去は、一昨日のことは、2日前といい、
去年のことも、なんと一年前にといっています。
過ぎ去った過去は 後ろではなく 前と表現しているのです。

 どうも未来は、前ではなく、後ろにあるようです。
ですから、前を向いて生きている私たちには、過去は見えても 
未来は なかなか見えてこないものなのでしょう。
その証拠には、過去のこと、昔はこうだった、あの時は
ああだったとよく憶えていますが、あしたのこと、明後日のことは
まったく見えず、何も分かってはいません。

 私たちは、生まれてからこのかた 前向きではなく、
後ろ向きに、後ずさりしながら生きてきたようです。
後ろ向きだったために、人とぶつかったり、人を傷つけたり、
見えないために、迷いの人生を生きているのでしょう。

 そんな私たちに 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏のお念仏を聞かせ
進む方向を、目的地を教えていただいているのが阿弥陀さまです。
見えない未来を 迷わないように お念仏で導いていただいているのです。

 近頃の自動車には、バックするときには、後ろの様子を映してくれて、
カメラが付いていて、少しは安心です。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏は、後ろ向きに進んでいる私たちに
迷わないよう、ぶつからないよう、教えてくれているのです。
目的地は お浄土であることを、お聴聞すると、カーナビのように 
間違いなく誘導してくださるのです。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏に お任せすれば、見えていなくても
もう安心です。
どんなに迷っていても、どんな障害物があろうとも心配なし、
間違いなく お浄土へ、父も母も行ったお浄土に、間違いなく
到着することが出来るのです。