第1717回 仏さまにないもの

 令和7年 12月25日 ~

 こんな話を聞きました。
仏さまにはあって、人間にないものはいろいろあるが、
逆に、人間にあって 仏さまにないものは 何ですかとの質問です。

「苦しみ」「欲望」「怒り、不安、病気や老い 生身のカラザ」
いろいろと考えましたが、
答えは、人間には、背中があるが 仏さまには背中がないということだと
いうのです。

 善導大師の般舟讃に「仏心円満無背相」 という言葉のことでしょう。
私たち人間は 都合のよい人には、その正面に向かって和やかに近づき、
頼み事や願いを伝えるものです。
ところが、都合が悪くなると 向き合おうとはせず、すぐに背中を見せて
逃げてしまします。

 すべての人を一人残さず救いたいと、はたらき続けておられる仏さまが
あると、聞いても、その仏様に向き合うとはせず、自分には関係無い、
もっと大事な事がある忙しいと、背を向けています。
我を忘れて育ててくれた親に対してでも、いつも背中を見せて
向き合おうとはしていません。

 ところが、仏さまは どんな人にも真正面に向き合って、
何としてでも救い取りたいと、呼びかけ、はたらきかけておられると
いうのです。
無視して逃げていくものも その正面に立って、南無阿弥陀仏 
南無阿弥陀仏といつも真正面から、呼びかけていただいていると言うのです。


どんなに沢山の人が居るところであっても、この私のためだけに
正面に来て、見守っていただいているというのです。


 そのことに気づくことが出来るのか 出来ないか、それで
私の人生は大きく変わってくることでしょう。
誰の世話にもならず、一人で生きていると、我が儘勝手な私ですが、
いつも私の前に 真剣に向き合っていただいている眼差しがあることが 
味わえてくると生き方が大きく変わってくるのでしょう。

 子どもの頃を思い出してください、演台に立って 発表するとき、
舞台の上で 歌ったり踊ったり演技をするときのように、
私をちゃんと正面から見つめ 応援していただいている方がある、
私は期待され 心配され 感心を持って見つめられているのだと、
そのように味わえてくると、誰も見ていなくても、仏さまだけは
いつも私を正面から じっと見つめ応援していただいているのだと。

 どうか緊張せずのびのびと 思いのままに、これまでの成果を 今
ここで 充分に表現していきたいものです。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏のお念仏は 私を見つめ応援して
いただいてありがとうございます。
ちゃんと見て聞いていただいて、いかがでしたか
これでいいのでしょうかとの、問いかけでもあるのです。


 今日という1日を、この瞬間を 阿弥陀さまの前で 精一杯
自分の出来ることを励みながら、南無阿弥陀仏とともに
力強く、活き活きと生活していきたいものです。