第1689回 呼びかけ続ける

 令和7年 6月12日~

 朝出かける時「今日は 傘持っていって」そう言われると
こんなに青空なのに どうして傘が必要だろうかと 少し
疑問を持つこともあります。

しかし、帰る頃に 雨が降ってくると、傘の有り難さ 
そして、傘を持っていくよう 声を掛けてくれた人に 感謝の気持ちが
わいてくるものです。
子どもを思って、天気予報をちゃんとチェックしてくれていた
親の思いのお陰です。

 また、外出中に突然のにわか雨で 軒先に飛び込んだときには 
雨宿りするその屋根の有り難さを感じつつも、雨が上がってくると

もうその有り難さは忘れています。

雨の時、傘のありがたさを感じていても、いったん家の中に
入ってしまうと、雨からずっと守り続けてくれている屋根の有り難さを
思うことはありません。

傘や 軒先の有り難さは感じても あまりにも大きなものに対しては
ほとんど気づかず 当たり前になって生きています。
友だちや仲間、先輩の小さな親切は感じていても 日常的な親の大きな
深い思いや 働かけには、なかなか気づかないものです。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏のお念仏は 「傘を持っていって」と
呼びかけてくれた親の呼びかけに似て、経験少なく ぼんやりとしている
私のことを心配して、先手で呼びかけてくださる 仏さまの呼びかけです。

 世の中のことは何事も見て、知っていると思い込み、
正確に見る力、知る力がないことに気づいていないこの私へ、
はたらきかけ呼びかけて、注意を喚起していただいているのです。

生きていくことの意味や、このいのちの行き先を、人生の本当の意味など
気づくことも、考えることもなく、ぼんやりしている
私に、心配してくださる親心の仏さまの呼びかけです。

 損だ得だ、勝った負けたと、小さなものの見方で判断し
一喜一憂しながら、生きているこの私に、周りの仲間や、親の思い、
仏さまの思いに気づき 感じ取り いま自分が出来ることを
精一杯やりなさいと南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と、たえず呼びかけて
いただいているのです。

 必ず救う 大丈夫 今できることを 精一杯つとめなさい、
応援しているよとの 呼びかけを聞きながら、お念仏と一緒に 
力の限り生きていきたいものです。

やがて仏となって、自分のためではなく すべての人を救うはたらきをする。
先だった先輩達は もう仏となって、この私へ 南無阿弥陀仏 
南無阿弥陀仏と 呼びかけ、見守り 応援し続けて いただいているのです。

          


           私も一言(伝言板)