第1631回 いつも一緒に
 
 令和6年 5月2日~

 こんな話を聞きました。 
幼稚園や保育園の子供たちを見ていると、気持ちは急ぐものの
体がついていかず、足がもつれて、よく転ぶものです。
4歳ぐらいの男の子が、転んで泣き出してしまいました。
すると、同じ年頃の女の子が、男の子のすぐそばに
近づいて、一緒に寝転んで、男の子の顔をじっと見つめているのです。

泣いていた男の子は、その女の子が、自分を見つめているのに気づき、
泣き止みました。
そして、二人ともゆっくりと起き上がり、また元気に遊びはじめました。

 大人は、泣いている子どもに声を掛け、手を差し伸べて、
起こそうとしますが、同じ年頃のその女の子は、地面に寝て
泣いている子どもと同じ高さで、その子を見守っていたのです。

 ころんで泣いている子どもが、自分のことを心配してくれる友だちの
存在に気づいたとき、安心したのか、はずかしくなったのか
急に泣き止み自分で起き上がったのです。
誰かに助け起こされるのではなく、自分で起き上がり、何でもなかった
ように、また遊び始めたのです。
自分のことを心配していてくれる人の姿に気づいたとき、泣き止み自分で
立ち上がったのです。

 大人はついつい上から見下ろして、声を掛けたり、手を差し伸べて
助け起こそうとしますが、幼い女の子は、泣いている子どもと同じ目の
高さで、じっと見守っていたのです。


 南無阿弥陀仏の阿弥陀さまは、声の仏さま いつも私を心配して
見守っていただいているのです。
ところが、それに気づくことなく、泣き叫んでいるのが私たちのようです。
そこに、南無阿弥陀仏の声が聞こえてきた時、この私のために
いつでも寄りそっていただいている、仏さまがあることに気づかされると
自分自身で、立ち上がる力がわいてくるのです。

 気づくか 気づかないか、南無阿弥陀仏のお念仏は、
私を見守り応援していただいている、阿弥陀さまという 仏さまが
どんなときでも、どんなところでも、私のすぐ横で、いつも一緒
であることを、教えていただいているのです。

 お念仏に遇うことで、私の人生は まことに有り難く
感じられてくるのです。

阿弥陀さまが 寄りそい、はたらきかけていただいていると、
気づき、感じさせていただく人生をおくりたいものです。


          


           私も一言(伝言板)