第1590回 仏教のことば

 令和 5年 7月20日~

 コンピュータを開くと いろいろな情報が入ってきます。
浄土真宗本願寺派(西本願寺)総合研究所から
「仏教のことば」も、定期的に 送られてきています。


 その中に こんな言葉がありました。

 お説教というのは、私を中心にした世俗の領域から如来を中心とした
聖なる領域へと、人びとの心を転換させることでしょう。
                 (梯實圓『平等への視座』P132)

 私たちは 人間中心の損得勘定の生活をしていますが、
そうした価値観だけではなく、仏さまの価値観があることに 気づかせ
そして、現実を正しく見る力を得らさせようという はたらきなのでしょう。


また、 こんな【仏教のことば】もありました。

 仏さまの教えによって、新しい心の視野を開いていただくことを、
お救いにあずかるというのです。
                  (梯實圓『仏の願いに遇う』P52)

という言葉もありました。

こんな【仏教のことば】
   話を聞くということは、こちらがものを考えておったら、聞えません。
  こちらを空っぽにし、素直に向うのいうことを受取ることであります。
              (桐溪順忍『他力ということ』P27

また、

  私の手のつけようのないような広大な世界に、私は
つつまれているのだなということが味わえてくるようになりますと、
わからないというわかり方がわかってきます。
                 (梯實圓『仏の願いに遇う』P37)

私たちは 目の前の現実に目を奪われ、一喜一憂しながら
生きています。
仏教の教えに出会うことで、その悩み苦しみが少しは違って見え、
感じられてくるものです。
そうした 仏教の教えがあることを 先輩たちは 南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏と口にして聞く、お念仏の教えとして 
私たちに残してくださっているのです。

          


           私も一言(伝言板)