第1571回 願いを伝えていく

 令和 5年 3月9日~

 お経や七高僧の論釈が 漢文で書かれているため 
一般の人には難しいので、親鸞聖人は それを七・五調の
今様形式である
 和讃にして 数多く読んでいただいています。

 その一つ、お葬式の時に節をつけて 拝読するのが
 本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき 
   功徳の宝海 みちみちて
 煩悩の濁水 へだてなし 
       という高僧和讃です。


 その意味は、お念仏の教えに出会えれば 南無阿弥陀仏の功徳が 
この身に満ち満ちて 煩悩一杯のこの私も むなしい人生では 
決してない、喜び多い豊かな人生と味わえるようになるものですよ。

 裏返すと お念仏に遇うことが出来なければ やがて迎える 
老病死の
 苦しみ一杯の、むなしい人生で 終わりますよ
是非 お念仏の価値観に出会ってほしいと 先だち仏になられた方が 
残された人々に 呼びかけていただいているのでしょう。

 皆さんの中には、子どもころ 日曜学校に参加された方 
おばあちゃんに手を引かれ本堂に座り、お聴聞されたことのある方など、
子どものころにお念仏とのご縁をいただいた方もあるかと思います。
ほとんどの方が お仏壇のある家で 育ってこられたのではないでしょうか。

 しかし今、ふと気づくと 二世帯 三世帯で生活しておいでの家は
少なくなって、現代は、お仏壇ない家で 育っている子どもの方が
多いのではないでしょうか。


 また、お通夜やお葬式も 多くは自宅で行ったいたのが、
現在は 駐車場や家に広い部屋がない造りなどから、
葬祭場で行われるのがほとんどになってきました。

 自宅での時には、近所の人々がみんな集まって、食事の世話をはじめ
すべて雑用は、地域のみなさんや親戚が、受け持ってくれていました。
そこで、伝統、しきたり、仏教の教えなど、地域で伝承してきたように
思います。

 それに加えて、コロナ流行のために、近所や親戚も、案内しないで
家族だけで ひっそりとお葬式をするケースも出来てきています。
うるさい親戚や地域の長老たちの出番がなくなり、密かに簡単に
送ることが許されるようになって、これまでの伝わったきたことが 
ほとんど消え去っているように思えます。

 そのため、みんなで伝えていた仏さまの教え、親たち共通の願い、
人間として最も大事な、人と人とのつながりなども
次の世代には 伝わっていないように思います。

 お葬式で 本願力にあひぬれば むなしくするつひとぞなき・・・
いろいろな価値観があるものの、お釈迦様が説かれ、多くの人が
受け継いできた お念仏の教え 南無阿弥陀仏の教えに出会ってさえいれば
これから訪れる 老病死の苦しみも 乗り越えていける。

 そして、仏となった親たちは 一番大事な子どもや孫のために
引き続き見守り応援し、お念仏の教えに遇うことで、
この人生が 意味ある 豊かで 尊いものとなることを
伝えたいのだと味わいます。

 どうか、親の願いを受け取り、お念仏の教えを受け取り 次へと
相続してほしいとの呼びかけを聞き取り、お育ていただき、
次へ受け伝えていただきたいものです。


          


           私も一言(伝言板)