第1529回 仏縁を結ぶ ~真実へ導いていく~

令和4年5月19日~

 ユーチューブには お念仏の教えの法話が数多くアップされています。
直近のご法話ばかりではなく、数十年前の懐かしいご講師のお話も
聞くことが出来ます。

 そうした中に、こんなお話が、残念ながら、どなたのお話だったか、
思い出せませんが・・・、


 浄土真宗は 祈らない宗教と言われます。
これは、一般の仏教常識からすれば、特異なことであり、
なかなか受け入れてもらえないものである。

 この度の新型コロナウイルスの流行で、疫病退散 
鎮静祈願とか 終息祈願など、仏教 神道が一緒になって
お勤めされているとのニュースを聞きます。


 ところが、浄土真宗だけは、祈らない宗教ということで、
そうした祈願をしないのはどうしてなのかと、質問されることがある。
病気で苦しむ人々の悩み苦しみを解決するのが、
宗教であるはずなのに何もしないのはどうしてなのか。


 浄土真宗の僧侶が、護摩を焚き祈願なさる僧侶の方に、
「お祈りの効果があると信じて祈られているのですか」と、
ぶしつけな質問したのに対して、
「浄土真宗では、祈祷など、おやりにならないようだが、
  祈願にお見えになるのは、浄土真宗の方が多いですよ。」
との答えが返ってきたそうです。

「自分たちが祈祷するのは、仏縁を結ぶため、
  ご依頼があれば、お祈りします。
  それで、こころが落ち着けば、それもご縁ですし、
 いくら祈っても思い通りにならないと、また、
 お見えになる、そうしたご縁を繰り返すことで、
 仏縁を得ていただく方が出てくるものです。」


 悩みを持って訪ねてきた人を、門前払いをせずに、
相手の立場になって、悩み苦しみに真摯に向き合って
いるのですよとの、お答だったといいます。


比叡山の千日回峰行の最後は、京都の町中に出て、
待ち受けている人々に行者が念珠を一人ひとりの頭に
かざしていく、あれは仏縁を結ぶため、いつか、
教えに出会っていただく、そのご縁を作っているのだ
というのです。


 仏さまの願いに叶わないことをいくら願っても、
実現することはない。

それでも、悩みを解決して欲しいと訪れた人に、最初から
真実の教えを説いても、理解出来るものではない。
まずは、悩める人と向き合い、共に苦しみ悩み、
解決できるよう対座する。


そうした関係を繰り返しながら 真実の教えへと導いていく、
それを方便、真実に導くための手立てだといいます。


お釈迦様の教えの大半は、なかなか理解出来ない真実の教えへ
誘導するための方便の教えであると、おっしゃっていた
先生もありました。


  まずは、仏縁を結ぶためには 相手の悩み苦しみと 
素直に向き合っていき真実の教えへと導いていくことが、
今大事なことではないか、という、お話がありました。



          


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