第1524回 考えに考えて選ばれた道 ~第18願のこころ① ~

令和 4年 4月 14日~

 一般的に最も得意とするものを十八番といいます。
十番でも、十五番でもいいように思いますが、
なぜ十八番かということになりますと、この第十八の願に
関係しているようです。

 第十八の願は、四十八の願の中でも、最も大切な願です。
親鸞聖人の師である法然聖人は、

 四十八願の中既に念仏往生の願(第十八の願)を以って
    本願中の王となすなり。   (選択本願念仏集)

とまでいわれています。
それで私たちは、第十八の願を王本願とよんでいます。

 また、本願寺八代目の蓮如上人がまるで金銀の山に
入るようであるとよろこばれた『安心決定鈔』という書物は、

 浄土真宗の行者はまづ本願のおこりを存知すべきなり、
  弘誓は四十八なれども第十八の願を本意とす、
  余の四十七はこの願を信ぜしめんが為なり。

の言葉ではじまります。蓮如上人ご自身も、

 信心獲得すといふは第十八の願を心得るなり。(御文章)

 と、いいきられています。

親鸞聖人は、第十八の願を、

 この大願を「選択本願」と名く、亦「本願三心之願」と名く、
 復「至心信楽之願」と名く、亦「往相信心之願」と名く可きなり。

とあきらかにしてくださいます。

「選択本願」とは、選びに選びぬかれた本願ということです。
生れ難い人間に生れ、多くの生命を犠牲にし、また
多くの人やもののおかげを頂きながら、つまらないことばかり
しでかしてウロウロし、周りの顔色や言葉にドキドキし、
未来の不安にぶっかってオロオロする私たち。
そんな私たちが、この人生をお浄土に向って、ただ一すじに
のり超えていく道がどこにあるのでしょうか。
そのことを考えに考えぬいてくださった方が阿弥陀如来であります。


 考えに考えぬいた末に、私たちのために選んでくださった道が、
ただ阿弥陀如来の「どんなことがあっても私たちを捨てることがない」
というお心を信じて生きる信心の道であります。


      人となれ仏となれ 藤田徹文師 永田文昌堂刊より


          


           私も一言(伝言板)