第1510回 伝絵には 比叡山が ~描かれていない理由~

令和4年 1月6日~

 ご正忌報恩講には 4幅のご絵伝を元に パワーポイントを使った
プレゼンテーション方式で、毎年、お話をしていますが、
その絵像の一幅目の最初は 「出家学道の図」です。

 桜の花が咲く京都・青蓮院の門前に、御所車、引いてきた牛、
乗ってきた馬、お供してきた人々などが描かれています。

その上の図には 9歳の親鸞聖人が おじさんの日野範綱郷に連れられて、
九条兼実の弟である、慈円慈鎮和尚の前に座り、得度を依頼する図が
15歳にならないと出家できないのに、無理強いして得度を願い、
特別に許されて
その夜、燈をともして剃髪する姿が描かれています。

 それから20年の間 比叡山での修行に励まれることになるのですが、
その比叡山での修行については、ご伝鈔では源信和尚の流れをくむ
「楞厳横川で 四教円融を修められた」とあるものの、伝絵の方では
比叡山の絵がまったくなく、次の図は、
吉水の法然聖人を訪ねられる絵へと飛んでいます。
20年間の厳しい修行、努力の姿が一切描かれていません。

 考えてみると、このことが浄土真宗のお念仏の教えの特徴を
表しているのだと、思えます。
仏教といえば、お釈迦様と同じように、厳しい修行をして、
自分の煩悩を無くしてさとりをひらく、そして、お釈迦さまの
ようになりたいというのが一般の仏教です。


  ところが、吉水の法然聖人は その修行する仏教を捨てて、
比叡山を降り、浄土三部経の仏説無量寿経に説かれている、
お念仏の教えを一般の人に伝えておられたのです。

それまでの仏教とは違う教えであることを、強調するために、
比叡山の絵は描かれていないのでしょう。

 修行は、お念仏の教えに、必要な条件ではないのです。
そのことは、次の六角夢想の図に、聖徳太子 ご縁の六角堂で、
還相の観音菩薩の言葉として表してあるのでしょう。

すべての人が、男も女も、僧侶だけではなく、日常の生活をするもの
すべての者を救うという、阿弥陀如来の本願によることを、
絵像と、文章で書かれているのです。

 800年近くの間、ご正忌に、こうして絵像で伝えていただいたおかげで、
この私に伝わってきているのです。
常識の仏教とは違って、私が願う前に、阿弥陀如来さまが必ず救うという
願いを立て、南無阿弥陀仏と呼びかけていただいている、
そのことに気づき、お念仏の生活をはじめると、人生は
まるで違ってくるものお念仏の教えに、遇ってほしいとの
多くの願い、誠に有り難いことです。


          


           私も一言(伝言板)