第1509回 人間の力の限界 ~お任せする世界~

令和3年12月30日~

 今年も、コロナに悩まされた一年でしたが、1918年、今からちょうど
100年前にも
スペイン風邪が大流行したということで、
昭和初期のニュースフイルムをみると、小さな穴の開いた
黒いマスクをつけた男性の姿が映っています。

日本の人口が、5500万人のころ、その半数に近い人が感染し、
38万人以上の人が死亡する、大きな災難だったと言われます。


 私どものお寺が出来たのも、350年程前に、流行病の疱瘡で
亡くなった鍋島藩の若君と、その後継者選びがご縁で建立されました。
これまで、何度となく災害や疫病に襲われ、それを乗り切ってきたのです。

 ところで、100年前と 現代の違いについて、ある方が講演され、
100年前のスペイン風邪の時には、神事や仏事が例年以上に 
とても盛大に勤められたが、今回は、神事も仏事も率先して中止されたと。

 村祭りをはじめ、お祭りというのは 疫病退散、災難逃れを祈願して
はじまったものも多く、人間の力の及ばないことは、神さまに
何とかして欲しいと、みんな揃って賑やかに華やかに
勤めていたもののようです。

スペイン風邪で多くの人が亡くなった後の、お盆の行事も
例年になく盛大であったとのことです。


現代に比べると、科学的な知識がとぼしい時代、人間の力を超えたことは、
神や仏に祈り、諦め みんなで納得しようとしていたようです。
それに比べて、今回のコロナウイルスは、科学的な知識が格段に増え
多くの人が集まることや、飲食をともなう行事をすべて
自粛させてしまいました。


 細菌よりも小さなウイルスの知識を知ったことで、何でも科学の力で
解決出来るような錯覚を持ってしまったようにも思います。
ところが、まだまだ科学の力の及ばないことも沢山あるものです。
どんなに注意しても、逃げ回っても感染することもありますし、
高齢者だけではなく、健康そのものの若者が発病し、
いのちを落とすこともあります。


まだまだ人間の力の及ばないことが、沢山あるもの、
老病死、どれ一つとっても、科学が進んだ今でも、まだ、
思い通りになるものではありません。



 お念仏一つでお浄土へ生まれさせるとの教えは、
人間の力が及ぶことは、精いっぱい努力するものの、
その後は、お任せするしか仕方が無いことを、

教えてくれているようです。

 歳をとり、身体の自由がきかなくなることも、耳が遠くなり、
よく聞こえないことも、目がよく見えなくなることも、
人間が順調に成長し、成長しすぎた結果、衰えていくのであり、
それを止めてしまうことは、難しいこと。


 自分にとって都合のよいことも、自分に不都合なことも、
みんな与えられたもの、逃れることなく、嘆くことなく、
堂々と受け取り、生き抜いていくこと、

それが、お浄土への道を歩んでゆくことにつながるものだと、
味わいます。


死んで終わりと思えば、淋しく悲しく耐えられませんが、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏のお念仏の人は、一人も残らず
お浄土に生まれ、仏になれる。

私が はじめてではなく、父母ばかりではなく、祖父母も、
その前の曾祖父母たちも
みんな同じ道を歩み、
いまお浄土に生まれ、心配いらない、大丈夫大丈夫

ちゃんと、お浄土がある、心配しないで、この道を
歩んでおいでと、呼びかけてくれているのです。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏は、その呼び声、お前のことを
ちゃんと見守り、応援し、やがて一緒に仏になって働こうと、
呼びかけ語りかけていただいているのです。


やるだけやったら、後はお任せ、何の心配もいらない、
一番良い方向へ向かっているんだよ。

みんな揃って待っていただいているのです。

          


           私も一言(伝言板)