第1501回 思い通りに ~努力とは関係無く~

令和3年11月4日~

 四十代の若さで 直接上司の方が亡くなりました。
まじめで仕事の出来る先輩でしたが、少しの間、入院し 
帰らぬ人となられました。


奥様は 大手新聞社の記者だったようですが、覚悟をされていたのか
冷静に私たちに対応してくださいました。
お通夜に 部下や仲間が集まって、思い出話をしているとき、
亡くなった方の上司にあたる 組織の責任者が こんなことをつぶやきました。

「かけごとに 誘えばよかった」と、その責任者は マージャンや競馬の話を
よくする人でした。同じ世代の仲間とゴルフコンペも定期的に
開く、お付き合いが広くリダーシップのある人でした。
亡くなった方は、そのゴルフコンペにも 参加するものの、
自分はゲームをせずに、一緒に歩いて付き合っていたといいます。

 そのお通夜の席の話を 何故か、思い出して、なんで
「賭けごとに誘えばよかった」なのだろうかと、考えています。
サラリーマンをしていると、自分の提案や、自分の思いが 
そのまま通ることは少しで、ほとんどは、自分の主張とは
違ったことを、仕事として取り組まねばなりません。


まじめで、仕事が出来て成績がいい人は、自分の主張が通らないと、
その原因を反省したり、くやしがったり、考え悩むことも多いと思います。
しかし、賭けごとをしている人は、うまくいくことも行かないことも
自分の能力や努力とは関係無く、勝つ時もあり、負ける時もある、
同じように人生もいろいろ、思い通りにいかなくても、さあ、次の仕事に
取り組もうと、受け流す力が育つのだろうと思います。

いくらすばらしいアイデアであろうと、最高の計画であろうと、
人間の世界では、正論だけが正解ではなく、決定権者の思惑や諸般の事情で
決まっていくことが多く、それを、素直に受け流す力を持ち、
優柔不断であればもっと長生きできたのではなかったかとの、
つぶやきだったのだろうと思います。


 人間の世界では 思い通りになることは少なく、
それでもそれを受け入れて
 生きていくことが必要。
でも、阿弥陀さまは 生きているときはいろいろあっても、
必ず、お浄土に生まれさせ仏にする。


こんどは、自分の為ではなく、すべての人を救うはたらきを、してもらう。
生きがいある、よろこび多い仕事を してもらうぞと、
よびかけ、導き、そして待っていただいているのです。


この世がすべてではなく、もっと長いスパーン、お浄土まで加えて
自分の人生を考えてくれと、呼びかけておられるのでしょう。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏は 仏さまが 私へ呼びかけていただくことば、
私は 分かりました。ありがとうございますとの、返事のことばなのでしょう。

          


           私も一言(伝言板)