第1422回 雑行・雑修自力の心

令和 2年 4月30日〜

「雑行」とは、元来は「正行」に対する
言葉として用いられました。
その意味は「雑多の行」の略で、念仏以外の
雑多な諸行をあらわしていました。


また「間雑(けんぞう)の行」ともいわれ、
さまざまな内容の行がまじりあっていると
いう意味でもありました。

 また、「正行」が阿弥陀仏のお浄土に
往生するための正当な行であるのに対して、
「雑行」は正当でない行という意味を
あらわします。


 このような「雑行」によって、
阿弥陀仏の浄土に往生しようとすることは、
お念仏一行を往生浄土の「正行」と定めて
くださった、阿弥陀仏のおこころを正しく
受け取ったとはいえません。


それは阿弥陀仏の仰せに順わず、自分勝手な
理解によって行じているに他なりません。


人間が自分の考え方に閉じこもって、
阿弥陀仏の仰せを無視していることでも
あります。


 ですから「雑行」とは自力に執着する姿を
あらわす言葉になります。そこで蓮如上人は
「雑行・雑修自力のこころをふり捨てて……」
と、自力をあらわす語として用いられる
ようになったのです。


 他力の信心とは、仰せに順うことのほかに
ありませんが、別の表現をすれば、自力を
たのむこころを捨て、本願他力におまかせ
することであると、その内容を明らかに
されたのでした。


御文章を読む 天岸浄圓師 
本願寺出版社刊


          


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