第1373回 仏弟子として

令和元年 5月23日~

帰敬式は、阿弥陀如来の願いに帰依し、お釈迦さまのお弟子にしていただき、
こころから仏さまを敬う気持ちをあらわす儀式です。帰敬式をお受けになった
方々は、形だけの浄土真宗の門徒ではなく、真の念仏者として生きる決意を、
阿弥陀如来さまに誓われた方なのです。


帰敬式のことを、「おかみそり」といいます。

「おかみそり」は髪をそる、剃髪をあらわします。
つまり、いたずらに我欲にひきずられて、外見ばかりを飾る虚飾をすて、
まことの道に入ったことをあらわす意味があります。


 仏教では、古くから入門の儀礼として、「三帰依三唱」ということが
いわれてきました、
三帰依を三度となえたからです。
三帰依とは、三宝に帰依することです。
三宝とは、私どもの心の依りどころとなってくださる大切な宝もののことです。
仏(仏陀)と法(教法)と僧(僧伽)、この三つを三宝といいます。

この三宝を心の依りどころとして生きていきます、と誓うことを「三帰依」といいます。


 南無帰依仏・・・真実にめざめたかた(仏)をこころの依りどころとして生きていきます。
 南無帰依法・・・仏のお説きくださったまことの教法(法)をこころの依りどころとして
         生きていきます。

 南無帰依僧・・・仏の教えを依りどころとして生きていく人々の、
         和やかなつどい(僧)をこころの依りどころとして生きていきます。


この三つです。こうして三宝に帰依する人を、仏弟子と呼びます。
仏弟子といっても、私どもは、これまでの日常の生活を捨てることはできません。
家庭を営み、それぞれの仕事をしながら、お念仏の道を歩ませていただくのです。
親鸞聖人もまた、「僧に非ず、俗に非ず」といって、家庭をもちながら、
仏弟子として、念仏者の道を歩まれました。


私たちはそれぞれの仕事に全力をつくし、なごやかな家庭生活を
営むなかで、お念仏を申し(念仏)、み教えを聞きひらき(念法)、
そしてたがいに同朋・兄弟としてむつみあう(念僧)のです。
そこに自らまことの仏弟子としての生き方が開けていきます。
それゆえ、仏弟子としての法名をいただいているのです、


 親鸞聖人もまた、釈親鸞と名のっておられます。
これまでの俗名のほかに、「法名 釈○○」をいただくことは、
お釈迦さまの家系に入らせていただいたしるしです。


 法名を大事にして、生涯、まことの仏弟子としての自覚をもった歩みを、
かさねさせていただきましょう。


 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏……。

                            朗読法話集 第一集より


          


           私も一言(伝言板)