第1357回 人生と念仏

 平成31年 1月31日〜

 浄土真宗で最も大切な経典である『仏説無量寿経』には、
「人、世間愛欲のなかにありて、独り生れ独り死し、独り去り独り来る」

(註釈版聖典56頁)と、人間の孤独のありさまが説かれています。

また、財産があればあったで、それが苦しみのたねとなり、
なければないで、また苦しみにつながるように、人生はつねに、苦しみを

ともなうものであると述べられています。

このようなことが説かれるのは、孤独で苦悩する私たち一入ひとりのうえに、
共に悲しんでくださる仏さまの願いがかけられていることを、教えるためでした。


 阿弥陀さまの願いは、「南無阿弥陀仏」という名号となって、
を呼びさましつづけていてくださいます。
ですから、どんな苦しいときでも、孤独の淋しさの中にあっても、
この「南無阿弥陀仏」の六字の名号が私を支え、導き、私の人生を力強く、
歩ませてくださるのです。


 以前ドイツ語の教師として、岡山大学の教壇に立たれた池山栄吉先生は、
親鸞聖人のみ教えを深くよろこばれ、多く人のびとに影響を与えられたかたです。
この池山先生が、重い病をわずらわれ、臨終近くのときに


  何も残るものはない 何も残るものはない
  ただ念仏だけが残ってくれる
  ただ念仏だけが残ってくれる
  えらいこったよ 有り難いこったよ

と語られたそうです。

 どのようなときでも、「南無阿弥陀仏」のいわれを聞かせていただき、
「南無阿弥陀仏」をとなえさせていただき、それをとおして

如来さまの親心にふれていくことは、人生において、ほんとうに
強い依りどころを持つことなのです、

 阿弥陀如来さまの救いのよびかけを、なかなか素直に聞くことの
できない私ではありますが、せっかくこの世に生を受けた身です。
如来さまの大きな慈しみのこころにふれ、お念仏の深いみこころを、
聞かせていただきましょう。

 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏……。

               朗読法話集 第一集より


          


           私も一言(伝言板)