第1339回 聴聞のすすめ

 平成30年 9月27日〜

 仏教や浄土真宗に対して、間違った考えをもっている方がたくさんおられます。
たとえば、仏教などは病気をしたり年をとって、気の弱くなった人が
すがる教えであって、「私は、まだお寺参りをするほど、年をとっていません」と
おっしゃる方がいます。


 また中には「宗教というものは、人間の理性をマヒさせる阿片のようなものである。
理性的に生きていこうとする人間にとって、宗教など必要ではありません」と
おっしゃる方もいます。


 しかしそんな方でも、ながい人生の歩みの中で、子供に先立たれるとか、
信頼していた人に裏切られたり、事業に失敗するとか、

深刻な出来事が、なんの予告もなしに突然やってきて、今までの自信がくずれると、
ほんとうに自分の人生を支えてくれるような宗教を求めるようになります。


浄土真宗の教えは、私どもに、心豊かに生きる道を与え、安心して死ぬことが
できる道を教えてくれるものなのです。

つらく苦しいことであっても、その事実をしっかりと見つめながら、
力強く生きぬいていく智慧と力とをあたえてくれるものこそ、お念仏の教えです。


『蓮如上人御一代記聞書』(第155条)で、「仏法には世間のひまを闕きて
きくべし。世間の隙をあけて法をきくべきやうに思ふこと、あさましきことなり
仏法には明日といふことはあるまじきよしの仰せに候ふ。」(註釈版・280頁)
といわれています。


ひまがあったら聞こうというような心がけの人には、仏法は聞けない、
時間をつくって聞くようにせよと仰せられているのです。

自分はもちろん、夫や妻や、子や孫も明日があるかどうか保証のない
「いのち」をかかえているのです。

その「いのち」の意味を問うのに、明日の日はないはずだといわれるのです。
まことに厳しいお諭しです。

 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏……。

                       朗読法話集 第一集より


          


           私も一言(伝言板)