第1311回  おばあちゃんのように

 平成30年 3月15日〜

 こんな話を聞きました。
認知症の方を見ていると、日頃、どのような 生き方をされていたかが、
そっくりそのまま 出てくるように思えてしまいます。

  介護施設が増え、施設で働いているご門徒さんも多くなりましたが、お話を聞くと
「あまりお話をしてはいけませんが、お仕事ですから 一生懸命介護しているんです。
正直言って、こういう方だけには なりたくないなあ、と思える方と、こういう方だったら

認知症になっても、いいのかなあと思える人がいらっしゃるんです」。

「どういうことですか?」 と聞くと、「私たちが一生懸命お世話しいると、
にっこりしてありがとう、ありがとう“ と言ってね、手まで合わせてくださる。
どうかすると、念仏まで称えてくださる方もあるんです。 
そうしますと、何だか知らないけど、この方のためだったら、何でもしてあげたいと
思えてくるんですよ 」。


「毎日 その方に会いに行くのが 楽しみになる。そうかと思うと、三分の二以上の方は、
まぁ こういう方には 絶対なりたくないという、悪い例になっちゃって申し訳ないですけど」 。

 実は手を合わせてありがとう、ありがとう“ と言って、お念仏をしてくださる方は、
まさに家族の誇りになるんですね。
家族の方が施設へ訪ねてこられた時に、 「お宅のおばあさんはねぇ、みんなに こうして
手を合わせてくださるんですよ。いい方ですね」 って、褒めたくなるんです。

うちのおばあちゃんは、そんなに立派に生きているのかと。
ボケたおばあさんを、家族は見直すんですね。そして家族は安心する。
そして、もし、自分たちも、認知症になったとしても、こういうふうに有り難い
おばあちゃんに なれるんじゃないかな、というふうに、なんかすごく喜ばれるご家族が
いらっしゃるんですね。
家族を喜ばせ、働いている方を喜ばせているんですから、立派な有り難い方なんですね。

 だけどそのためには、急にそんなになるんじゃなくて、長年の生き様が そういう形になって
現れてくるんでしょうから、やっぱりある程度の歳になったら、仏教の勉強もし、お聴聞して
高齢者になったときの生き方を考えておくことが大切でしょうね。

 日頃から、感謝できる、そういう生き方をしていなければ そういうふうになれないのでしょうね。
認知症なんですけれども、 認知症を克服していらっしゃる、こうした、有り難いおばあさんのように
なるには、日頃の生き方で、習慣づけておくことが大事なんでしょうね。

       宗教の時間 愛知県一宮市・光専寺住職 加藤 智見師を参照


          


           私も一言(伝言板)