第1303回 他力本願とは

 平成30年 1月 18日〜

本願寺出版社から出ている「親鸞さまの教えって何?」には

親鸞聖人が90年のご生涯をかけて私たちに教えてくださった“み教え”には、
すべての人が救われていく道が説かれています。

「他力本願」「悪人正機」「往生」の3つのキーワードで、味わうことが出来ます。

その一つ 他力本願 (たりきほんがん)という言葉は、浄土真宗に
おいて、み教えの根幹に関わる最も重要な言葉です。
浄土真宗の宗祖である親鸞聖人がいわれた「他力」とは、自然や社会の
恩恵のことではなく、もちろん他人の力をあてにすることでもありません。

また、世間一般でいう、人間関係のうえでの自らの力や、他の力という
意味でもありません。

「他力」とは、そのいずれをも超えた、広大無辺な阿弥陀如来の力を表す言葉です。

「本願」とは、私たちの欲望を満たすような願いをいうのではありません。
阿弥陀如来の根本の願いとして「あらゆる人々に、南無阿弥陀仏を信じさせ、
称えさせて、浄土に往生せしめよう」と誓われた願いのことです。
この本願のとおりに私たちを浄土に往生させ、仏に成らしめようとする
はたらきを「本願力」といい、「他力」といいます。


私たち念仏者は、このような如来の本願のはたらきによる救いを、「他力本願」 
という言葉で聞き喜んできたのです。

ここにはじめて、自らの本当の姿に気づかされ、いまのいのちの尊さと 
意義が明らかに知らされるのであり、人生を力強く生き抜いていくことができます。

・・・・と書かれています。


 私たちは つい自分の力を頼ることではないと、説明するために
「他力」とは、自然や社会の恩恵や、親や兄弟、先生や先輩などの力を
含めて、表現してしまいがちです。

 しかし、他力とは そうした力のことではなく、そのいずれをも超えた、
広大無辺な阿弥陀如来の力を表す言葉というのです。

 自分を取り巻く多くの働き、力が、どうして他力に含まれていなのか。
疑問に思っていました。
気づいたことは、私たちはどうしても、自分に都合の良いことだけを

有り難い、良かったと受け取り喜んでいます。

 ところが、ここでいう「他力」とは、自分にとっては不利益で困った
問題であっても、迷惑なことでも、すべてを受け入れること、阿弥陀さまの
はたらきという味わいがないと、自分の勝手な欲望を叶えるための力と、
間違って受取ってしまうことになりそうです。

そうではなく、南無阿弥陀仏を信じさせ、称えさせお浄土へ生まれさせるという
はたらきを「他力」と受け取ることによって、すべての出来事には意味があり、
何事もお浄土への順調な道のりであり、無駄なことは一つもないと受け入れることが
出来るのです。


 都合の良い出来事も困ったことも、すべて、良い経験をさせて頂いている、
有り難いことと受け入れて生きていく、それが、お念仏に生きる人の姿だと
味わえてきました。


          


           私も一言(伝言板)