一、常民誕生とその時代 二、長崎防備と藩政改革 三、精煉方と海軍所
四、万国博覧会と赤十字 五、近代国家への胎動 六、博愛社の誕生
七、赤十字の歩みとともに      
 
西 暦
年 号
常民の主な出来事 社会の主な出来事

1853年
嘉永6年

佐賀に帰り精煉方頭人となる
直正から「栄寿左衛門」の名を授かる
6月
アメリカの使節ペリーが浦賀に来航し、開国を求める
7月
ロシア使節プチャーチンが長崎に来航、通商を要求する
7月
幕府、佐賀藩へ鉄製大砲二〇〇門を注文する
8月
精煉方の中村奇輔ら、ロシア軍艦ハルラータル号を視察し蒸気車模型を見る
8月
佐賀藩、五〇門の大砲製造を受注する
8月
幕府、品川台場の築造に着手
9月
佐賀藩、多布施に反射炉(公儀御石火矢鋳立方)を新設
1854年
嘉永7年
3月
幕府、日米和親条約を締結する
8月
幕府が長崎で実施した海軍の予備伝習に、佐賀藩から十九名が参加する
8月
直正、オランダ蒸気船スンビン号を視察し、船将ファビウスに海軍設置について意見を求める
安政1年  
12月
佐賀藩、三重津に造船所の建設をはじめる

1855年
安政2年

6月
長崎での海軍予備伝習に参加する
8月
佐賀藩精煉方で蒸気車・蒸気船のひな型を製作する

10月
佐賀藩から常民ら四十八名が第一期生として参加する
6月
オランダ国王、スンビン号(観光丸)を幕府に献上する

10月
幕府、長崎に海軍伝習所を開設
1856年
安政3年
3月
海防に関する意見書を直正に提出する
5月
直正の求めにより、オランダ士官ペルスライケンに佐賀藩海軍創設に関する諮問を行う

1857年
安政4年


6月
中村奇輔と電信機献上のため直正に同行し薩摩へ行く
9月
長崎海軍伝習所の第二期生として佐賀藩から常民ら四十八名が参加する
10月
佐賀藩がオランダから購入した飛雲丸の船将となる
6月
直正、精煉方製作の電信機を薩摩藩主島津斉彬に贈呈する
9月
佐賀藩、海軍取調方を設置する
1858年
安政5年
 
1月
佐賀藩、御船手稽古所(のちの三重津海軍所)を創設する
4月
佐賀藩、長崎で木造帆船晨風丸を製造
6月
幕府、日米修好通商条約を締結する
11月
佐賀藩、オランダから電流丸を購入

1859年
安政6年

8月
三重津海軍所の監督となる
12月
製鉄機械購入の際、藩の公金乱用の疑いで叱責を受ける
3月
長崎海軍伝習所が閉鎖
12月
佐賀藩、幕府から観光丸を預かる

1860年
安政7年

 
1月
幕府の遣米使節団に佐賀藩から小出千之助ら八名が参加
1861年
文久1年
4月
観光丸の船将となる
7月
三重津海軍所に製鑵所を設置する
11月
直正隠居し、直大が第十一代藩主となる

1863年
文久3年

3月
三重津海軍所で凌風丸の建造を開始する
2月
ジュネーブで五人委員会(赤十字国際委員会の前身)が発足
10月
三重津海軍所で幕府注文の蒸気鑵を製作する
6月
佐賀藩、アームストロング砲を試作する
10月
ジュネーブで開催された最初の国際会議で赤十字規約と赤十字の標章(マーク)決定
11月
佐賀藩、観光丸を幕府へ返還する
1864年
元治1年
 
8月
ジュネーブで開催された国際会議でジュネーブ条約(赤十字条約)が成立
9月
佐賀藩、イギリスから甲子丸を購入

1865年
慶応1

9月
日本最初の国産蒸気船凌風丸完成
 

1866年
慶応2年

 
5月
佐賀藩、イギリスから皐月丸を購入
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