1867(慶応三)年、常民はヨーロッパへの旅に出ます。パリで開催される万国博覧会に佐賀藩団長として参加するためでした。このパリ万博には、江戸幕府のほか、佐賀藩と薩摩藩(さつまはん)が出展し、日本人が初めて参加した万国博覧会でした。それは常民に欧米の先進性と博覧会の重要性を認識させるきっかけとなったのです。
  また常民は、この博覧会場でスイス人アンリー・デュナンが提唱した赤十字と運命的な出会いをします。それは常民のその後の人生に大きな影響を与えました。彼はオランダやベルギー、ドイツ、イギリスにも足を伸ばし、さらに国際的な視野を広げていきました。


 
 
 
   
佐賀藩派遣団一行が使用した『現代フランス語会話』、『蘭仏辞書』などの書類。小出千之助の「Koyede」の署名や、書き込みもみられる。
  佐野常民(前列中央)、渡米歴のある小出千之助(前列左)、佐賀藩御用商人の野中元右衛門(前列右)、深川長右衛門(後列右)、従者の藤山文一(後列左)。
 
パリで開催された万国博覧会は1867(慶応3)年4月から11月まで、シャン・ド・マルスで開催された。
 
 
 
 
 
   
鍋島直正の事績を百枚の絵と解説で示したもの。パリ万博での佐賀藩出展の様子も描かれている。
  常民がオランダ滞在中におこなった佐賀藩軍艦『日進丸』発注交渉の記録。
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